大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成5年(行コ)21号 判決

控訴人(被告) 中央労働委員会

控訴人 補助参加人 大阪証券労働組合

被控訴人(原告) 石塚証券株式会社

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、補助参加によって生じたものを含め、控訴人及び控訴人補助参加人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二事案の概要

事案の概要は、次のとおり改めるほかは、原判決記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決二〇頁七行目の次に行を改めて次のとおり加える。

「 本件回答書の内容は、同業他社における労働協約の内容との比較においても、また、他社の分会における時間内組合活動及び異動昇格を含む労働条件の変更についての運用の実態に照らしても、特に例外的で異例なものとはいえない。また、このことからみても、控訴人補助参加人(以下「補助参加人」という。)があえて威迫や詐術の手段を弄するはずはない。」

二  同二一頁四行目の次に行を改めて次のとおり加える。

「 労働協約は両当事者が必ずしも同一文書に署名押印しなければならないものではなく、署名、押印のある文書で当事者の意思が明確に確認されれば足りるものであって、本件においては、補助参加人の署名押印のある本件要求書に対し、被控訴人が署名押印のある本件回答書を作成しているので、両当事者の最終的意思は明確であり、また、被控訴人が本件回答書を補助参加人に交付した時点で、補助参加人側評議委員の承諾を条件に本件回答書を内容とする労働協約が成立し、補助参加人が昭和五七年三月一八日に受諾の意思表示をしたことにより、補助参加人と被控訴人との間に労働協約としての効力が生じた。

また、合意形成にいたる過程で無効ないし取消事由がある場合にのみ、労働協約の調印手続を拒否できるというべきであるが、本件では右各事由は存在しない。」

第三証拠〈省略〉

第四当裁判所の判断

当裁判所の判断は、次のとおり改めるほかは、原判決説示のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決五三頁八行目の次に行を改めて次のとおり加える。

「 補助参加人は、分会の副分会長として本件団体交渉に参加した中阪正が交渉経過をその場でノートに記載しており、それによれば午後七時ころには休憩時間が取られていることなどに照らし、補助参加人側出席者が西浦前社長らに午後五時半ころから八時ころまで二時間余りにわたって怒声、罵声を浴びせ続ける状況にはなかったことが明らかであると主張し、丙第一〇号証(以下「中阪ノート」という。)には昭和五七年三月八日の本件団体交渉において午後六時四二分から七時三分までの中断を初めとして合計五回の中断があった旨の記載があり、丙第三四号証(中阪正作成の陳述書)中の記載及び当審証人中阪正の証言(以下、これらを一括して「中阪証言」という。)には右主張にそったものがある。

しかし、中阪証言によると、中阪ノートは、本件団体交渉から一〇年余り経過した平成五年一一月ころ被控訴人の社屋建て直しに伴い組合事務所が移転された際に事務所内のロッカーの中にあったものが偶然発見されたというのであるが、そもそも本件団体交渉における休憩の時期、時間、回数、被控訴人側の回答がされた時期、回答内容及びその変遷過程等がどのようなものであったかは本件における重要な争点の一つであり、このことは中阪や補助参加人も十分認識していたことが窺われるところ、乙第八一号証及び中阪証言によると、中阪は本件団体交渉に出席して補助参加人側の最前列でテーブルについてノートに記録しており、その後の団体交渉においても事実上補助参加人側の記録係を務めてきたというのであって、中阪ノートには中阪が昭和五七年三月一日から昭和五七年一一月一二日までの記録がされているのであるから、中阪や補助参加人においてこれまでこのような重要なはずの書類の存在に気づかなかったというのは極めて不自然なことといわざるを得ない。しかも、中阪証言によると、中阪自身も昭和五八年四月二三日に大阪地労委において実施された三島副委員長の審問に当たっての検討会に参加していたというのであり、右審問が実施されたのは、ノートの記載が終了した昭和五七年一一月一二日から半年程度しか経過していない比較的記憶が鮮明であったはずの時期であるから、三島が右審問の際に中阪ノートや中阪証言におけるような時間的経過とは異なる証言をしていることに照らすと、中阪ノートに気づかなかったという不自然さは一層際立ったものというべきである。

さらに、甲第二五号証及び中阪証言によれば、組合事務所に当てられていた部屋自体が広いものではなく、ノートのあったスチール製のロッカーのほかには事務机が二つあっただけであり、ロッカーもそれほど大きくなかったというのであって、中阪ノートに本件団体交渉における時間的経過を明らかにする記載がされていたのであれば、これを探し出すことは容易にできたはずである。

加えて、中阪ノートにおける前記の休憩時間の記載は、左側の欄に独立して鉛筆で記載してあり、本文との対応関係が保たれているものではないこと、本文自体もボールペンで書いたり鉛筆で書いたりしていること、時刻の記載方法も、二四時間法及び一二時間法による記載が混在していることなど、一日の出来事を同一機会に記載したものとしては不自然な点がある。

また、補助参加人の副委員長三島久雄の大阪地労委における供述(乙第一二八号証)によると、午後五時半から八時ころまでは被控訴人の無回答に対する抗議や質問で終始し、午後八時から一一時四〇分ころまでの間に組合側が一つ一つを説明しながら相手の回答してこない態度を変えさせていく説得を中心とした具体的な交渉をしたというのであり、同人は原審においても証人としてほぼ同じ内容の証言をしていることが認められる。さらに、石塚分会の分会長である原審証人曽和幹雄の証言によっても、被控訴人が回答を用意してこなかったため、被控訴人と補助参加人との間で本件要求書の内容について具体的な交渉が開始されたのは午後八時前ころであるというのであり、これらの証言等における時間的経過は、原審証人武内周一の証言ともほぼ一致するものである。しかるに、中阪ノート及び中阪証言は、被控訴人の役員であった武内らの証言等に反するだけでなく、補助参加人の中心的な人物の証言等とも異なるものである。

以上の検討結果によれば、中阪ノートにおける休憩時間の記載は措信することができず、したがってこれに基づく中阪証言も信用できず、前記認定を左右するに足りないものというほかはない。」

二  同五六頁一行目の次に行を改めて次のとおり加える。

「 補助参加人は、労働協約は両当事者が必ずしも同一文書に署名押印しなければならないものではなく、本件においては、補助参加人の署名押印のある本件要求書に対し、被控訴人が署名押印のある本件回答書を作成しているので、両当事者の最終的意思は明確であり、また、被控訴人が本件回答書を補助参加人に交付した時点で、補助参加人側評議委員の承諾を条件に本件回答書を内容とする労働協約が成立し、補助参加人が昭和五七年三月一八日に受諾の意思表示をしたことにより、労働協約としての効力が生じたと主張する。しかし、本件要求書と本件回答書とは同一内容ではないから、両書面の交換によって両当事者間の合意が成立したということはできず、また、補助参加人が受諾の意思表示をしたからといって書面による合意があったといえないことは前記のとおりであるから、補助参加人の右主張は理由がない。」

三  同五八頁九行目の「解すべきである」の次に「(本件においては、いったん成立した労働協約の効力が問題となっているのではなく、協約成立に向けての意思表示が問題となっているのであるから、これにつき法律上の無効、取消しの原因を問うまでもなく、相当な理由があれば、これを基礎とする協約締結を拒否し、改めて交渉し直すことを求めることができるというべきである。)」を加える。

四  同五九頁八行目の次に行を改めて次のとおり加える。

「 補助参加人は、本件回答書の内容は、同業他社における労働協約の内容との比較においても、また、他社の分会における時間内組合活動及び異動昇格を含む労働条件の変更については労使の良識により運用されていた実態に照らしても、特に例外的で異例なものとはいえず、また、このことからみても、補助参加人があえて威迫や詐術の手段を弄するはずはないと主張する。しかし、甲第五号証の一ないし三、第一四ないし第二三号証の各一、二、乙第九四号証、丙第二五号証の一ないし五、第二六号証の一、二、第二九号証の一、二、第三〇ないし第三一号証、第三二号証の一、二によれば、日の出証券株式会社、金吉証券株式会社、大塚証券株式会社、小川証券株式会社、山源証券株式会社、大中証券株式会社、エース証券株式会社、内藤証券株式会社、日栄証券株式会社、今川証券株式会社、塚本証券株式会社、丸三証券株式会社などの同業他社並びに大阪証券取引所、仲立証券株式会社、大阪電子計算株式会社及び大阪証券健康保険組合の各労働協約においては、いずれも時間外組合活動を原則としており、時間内組合活動はいずれも例外的な場合に限定したり事前の許可に係らしめていること、三京証券(旧小畑証券)株式会社及び第一証券(旧山大証券)株式会社においても時間内組合活動は許可ないし所属長の了解に係らしめていること(したがって、このことから時間外組合活動を原則とすることが窺われる。)、また、異動昇格について何らの留保もなしに組合との事前の協議決定を要するものとしているものはないことが認められる。他方、同業他社等における運用の実態が右各労働協約の文言を離れ、本件回答書のように、就業時間内の組合活動を認めたり、組合員全員の全ての労働条件の変更が組合との協議により決定されているというものでないことは、当審証人新堂継男の証言によっても明らかである。これらの事実によれば、本件回答書の内容が同業他社等における労働協約の内容と比較して突出したものでないということは困難であり、補助参加人の右主張は失当である。

なお、控訴人は、救済命令につき、何が不当労働行為に該当し、それに対していかなる方法、程度の救済が必要であるかは、専門的知識経験を有する委員によって構成される労働委員会の合目的的判断に委ねられており、この労働委員会の合目的的裁量に基づく第一次的判断そのものは裁判所によっても尊重されるべきであると主張する。しかし、救済命令の前提となる事実関係を確定するに当たり、労働委員会の判断によって裁判所の事実認定が制約される関係にはないから、控訴人の右主張は前記認定を左右するものとはいえない。」

第五結論

よって、原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担(参加によって生じたものを含む。)につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条、九三条、九四条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 三宅弘人 谷澤忠弘 今泉秀和)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例